2012年05月29日

第98回らくわ健康教室「緩和ケア今昔物語 〜科学としての医学、文化としての医療〜」

5月8日に開かれたらくわ健康教室は、洛和会音羽記念病院 緩和ケア科 部長の川上 明(かわかみ あきら)が、科学的・文化的視点を交えて医学と医療の違い、死に対する意識の変遷などにふれ、緩和ケアを説明しました。


講演内容は以下のとおりです。

9249医学と医療について
医学と医療という言葉をよく耳にされると思いますが、「医学」は、生体の構造や生理機能についての探求・考察や、疾病の性状、原因について調査し、その診断、治療、検査、予防などについての研究、診療を行う学問のことです。一方、「医療」(medical treatment, health care)とは、人間の健康の維持や回復、促進などを目的としたさまざまな活動について用いられる、幅広い意味をもった言葉です。
自分を知るのと同じようには他者を知ることはできません。そこで、私たち医師は、精神と物体の二元論に従って、機械としての身体の構造を知ることで他者を理解しようとした現代「医学」を基に、現代「医療」として、患者さまを理解しようとしています。

健康の定義
ところで、健康な状態とは、どのような状態をいうでしょう? 一般には体の状態だけで、「健康だ」とか「健康ではない」というのではないでしょうか?
世界保健機関(WHO)は1999(平成11)年、次のような「健康」の定義を提案しています。

「健康とは、身体的、精神的、霊的、社会的に完全に良好な動的状態であり、たんに病気あるいは虚弱でないことではない」
※1948(昭和23)年のWHO設立における世界保健機関憲章の定義から、太字部分が追加されています。

このように、健康とはたんに体の状態をさすだけではなく、精神的にも社会的にも、そして霊的(spiritual)にも、全てがそろって「健康」といえるのです。

「死」とは何か
従来、心停止、呼吸停止、脳機能停止の3つをもって死とされていました。しかし最近では、生命維持装置の進歩、普及などによって脳死の概念が現れ、心臓が動いていても死といわれるようになってきました。
文化としての医療が、科学としての医療に変わってきたといい換えてもよいかもしれません。

具体的な死亡数をみると、2006(平成18)年では108万4,488人。1955(昭和30)年以降しばらくは70万人前後で推移していましたが、近年、高齢者の死亡者数が増加しています。
死因別にみると、2006年では最も多いのは、がん(悪性新生物)で、3人に1人の方ががんで亡くなられていることになります。

死亡場所の変遷
死亡の場所について、自宅の場合と病院など(施設)とを比較してみると、1950年代には自宅89%に対し施設11%だったのが、1970年代に割合が逆転し、2003年には、自宅13%、施設87%と完全に逆転しています。
厚生労働省が2008年に調査した「終末期医療に関する調査」では、「治る見込みがなく死期が迫っていると告げられた場合、療養生活は最期までどこで送りたいですか」という質問に対して、次のような結果が出ています。

  1. なるべく早く緩和ケア病棟(終末期における症状を和らげることを目的とした病棟)に入院したい・・・・・・18.4%
  2. 自宅で療養して、必要になれば緩和ケア病棟に入院したい・・・・・・29.4%

1.と2.を合計すると47.8%と、最期の場所として緩和ケア病棟のニーズの高さがあらわれています。
この結果からも、いつでも、どこでも、切れ目のない緩和ケアが提供できる体制を整備する必要があるといえます。しかし、がんの方が1年間に30万以上亡くなっている状況にもかかわらず、現在の緩和ケアの病床数は、日本全体でも5,000床に満たないのが現状です。

死は怖いものか?
「あなたは何が怖いですか?」という質問に、何と答えられますか。目に見えないもの、理解できないもの、知らないものは怖いと思えても、基本的に目の前にあるものは怖くはないのではないでしょうか。
「死」について考えると、先ほど紹介した死亡場所の変遷を見てもわかるように、50年前の日本は、90%近くが自宅で亡くなることもあって、死が身近にありました。20年程前から日常で「死」が見えなくなって、次第に「死を怖がる国」に変わってきたといえるでしょう。

死を理解し、怖がらずに受け入れるためにも、次のような教育が必要になってくると思います。

  • 死後の世界を否定しない: あの世とこの世
  • 亡くなった後の絆: 五山の送り火など
  • 意識を大切にした医療: 体の細胞、ものを失っても大丈夫・・・

緩和ケアの考え方
WHO(世界保健機構)は、緩和ケアを次のように定義しています。(2002年)

緩和ケアとは、生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して、疾患の早期より痛み、身体的問題、心理社会的問題、スピリチュアルな(霊的な、魂の)問題に関してきちんとした評価を行い、それが障害とならないように予防したり対処したりすることで、クオリティー・オブ・ライフ(生活の質、生命の質)を改善するためのアプローチである。                        

緩和ケアが必要とされる患者さまの「苦痛」として、次のようなものが挙げられます。

  • 身体的苦痛: 痛み、身体症状の悪化、日常生活動作の支障・・・
  • 精神的苦痛: 不安、いらだち、孤独感、恐れ、うつ状態、怒り・・・
  • 社会的苦痛: 仕事上・経済上・家庭内の問題、人間関係、遺産相続・・・
  • 霊的苦痛: 人生の意味への問い、罪の意識、死の恐怖、死生観に対する悩み・・・
        ↓
     全人的痛み 
    (『ターミナルケアマニュアル第3版』,淀川キリスト教病院ホスピス編,最新医学社,1997)

最期を迎えるまでのご本人に対する「全人的痛み」の緩和を図るケアだけではなく、ご家族およびご本人が亡くなられた後のご遺族へのケアも緩和ケアの一環と考えています。
緩和ケア病棟の仕事としては、痛みをやわらげる症状コントロール、介護される方に休養をとっていただくレスパイト、不安を解消するなどの終末期医療などが挙げられます。

4つの死と苦しみの構造
人の死には4つの死があるといわれています。(アルフォンスデーケン)

  • 身体的な死・・・臓器の死
  • 心理的な死・・・生きる意欲の喪失
  • 社会的な死・・・役割の喪失
  • 文化的な死・・・生活環境の喪失

一般にいう死=身体的な死以外の3つの死は、「喪失」によって苦しみにつながるものです。この3つの死は、その人の客観的状況と、主観的な想いや願い、価値観の間にズレが生じたことに起因するといえます。緩和ケアはこのズレの差をなくすために行うケアともいえます。

一般病院と緩和ケアの違い
一般病院は、患者さまの病気をしっかりと捉え、肉体的生命を大事にします。緩和ケアは、患者さまの心をしっかりと捉え、精神的、文化的、社会的な生命を大事にするといえます。

入院治療とは非日常的なものです。緩和ケア病棟は、非日常的な治療を中心とした場所ではなく、症状を緩和するとともに、できる限り日常生活を過ごしていただく場所なのです。


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