1月22日に開催されたらくわ健康教室では、「歳をとって、ご飯が食べられなくなったらどうしますか? 」と題して、洛和会音羽病院 総合診療科 部長で、医師の神谷 亨(かみや とおる)が講演しました。概要は以下のとおりです。
今回は、医者になって21年の私の体験をふまえて、現在の医療が抱えている問題点をご一緒に考えてみたいと思います。それは、「よりよい終末期の迎え方」です。
近年、「QOD」(クオリティー・オブ・デス)という言葉が広まってきました。誰もが逃れられない「死」という現実に向かって、質の高い生き方を保つことが大切な時代になっています。
今回は、特に「胃ろう」について考えてみましょう。
85歳のAさんの場合を参考に、「自分だったら」と考えてください。
口から十分な量の食事が食べられなくなる理由
- 脳卒中で飲み込む(嚥下)機能が低下する
- 認知症の終末期や老衰のため、嚥下機能や食欲が低下する
- 神経難病やのどのがんなどで飲み込めない
十分な食事がとれなくなると、水分と栄養が不足して、脱水や体重減少が起き、栄養失調で体力が衰えます。
水分と栄養の補給を続けて死を先送りする方法(延命措置)として、人工栄養法があります。
人工栄養法
- 血管から人工的に栄養を投与する方法(経静脈栄養法)
- 胃腸から人工的に栄養を投与する方法(経腸栄養法)
人工栄養法は、上記の2つに大別されます。
1.血管から人工的に栄養を投与する方法には、腕や足から入れる場合(末梢静脈栄養)や、お腹や太もも、胸から入れる(皮下輸液)、体の中の太い静脈から入れる(中心静脈栄養、IVH)の3通りの方法がありますが、一長一短があります。
2.胃腸から人工的に栄養を投与する方法には、鼻から入れる方法(経鼻胃管栄養)とお腹から入れる方法(胃ろう)の2つがあり、それぞれの長所・短所は表のとおりです。
「胃ろう大国」の日本
胃ろうは米国で開発された技術ですが、日本でも過去20年で急速に普及しました。現在、胃ろうをもつ人は40〜60万人おり、毎年20万人の人に新たに胃ろうがつくられています。胃ろう大国になったことで、さまざまな問題点が指摘されるようになりました。(長尾和宏著「胃ろうという選択、しない選択」より)
- 胃ろう人口は40〜60万人(毎年新たに20万人)
- 76歳以上が91%を占める
- ほとんどが認知症や脳卒中の終末期の方である
- 寝たきりで意思疎通ができない人が9割を占める
- 胃ろうをつくっても、6割以上が誤嚥性肺炎を繰り返す
- 皮膚のトラブル、痰がらみ、発熱などのトラブルが発生する
- 胃ろうをつくられた人の生命の尊厳が守られていると言えるのか疑問な場面がしばしば見受けられるようになった
胃ろうをつくることは幸せか
胃ろうをつくることは必ずしも幸せではないかもしれないという反省が、医師や家族の間で生まれてきています。
胃ろうをつくらずに、老衰や認知症の終末期を自然の経過に委ねる(平穏死)ほうが良いのではないかと考える医師もいます。しかし、そう考える医師はまだ全体では少数派です。それにはいくつかの原因が考えられます。
- 医師の側にある延命至上主義(命を永らえさせることが一番良いと信じてきた)
ただ、どんなに治療しても死にゆく状態が変えられない段階になったとき、どうすべきか。「延命」から「緩和」にシフトさせていくという意識が、日本の医師たちに根付いてこなかった。加えて、日本の場合、法の整備が遅れており、医師が延命措置をとらない選択が罪に問われる可能性が消えないことが問題。 - 日本人の死生観
どのように死を迎えるかは、一人ひとり違っていいが、日本人はあまりに他人任せではなかったか。「すべて先生にお任せします」「息子・娘たちが良いように考えてくれるだろう」という人が多かった。胃ろうに関しては、ご本人の意思が確認できないときに、ご家族が望む場合も多い。
さいごに
これからの時代は、終末期をどのように迎えるかは、医者任せ・家族任せではなく、ご自身の意思で決めていくことが大切です。また、ご本人の意思が確認できない場合、ご家族は、「ご本人がお元気なときに何を望んでいらっしゃったか」「ご本人であれば何を望まれるか」「どのようにして差し上げるのが、ご本人にとって一番幸せであるのか」を医療者と共に考え、最良の道を模索していくことが大切です。
また、延命措置(人工栄養、人工呼吸、人工透析)を選択する必要のある場合は、今後の見通し(1カ月後、半年後、1年後にどのような状態が予想されるか)や、選択した場合のメリット・デメリットなどの説明を、医師から十分に受けてからご判断ください。私たち医療者が、意思決定の過程をサポートいたします。
<近年は「事前指示書」の作成が注目を集めています>
「事前指示書」は、自分が終末期になったとき、延命措置や療養の場をどのようにするか、どのような最後を望むかについて、比較的元気なうちから、患者さま、ご家族、医療者で話し合っておき、記録に残しておくものです。洛和会音羽病院でも、事前指示書の作成に向けて、準備を開始したところです。