4月18日開催の第142回らくわ健康教室は、「シニアライフ 日米比較 〜アメリカの高齢者医療〜」と題して、洛和会音羽病院 総合診療科 医員で医師の金森 真紀(かなもり まき)が講演しました。
概要は以下のとおりです。
◆はじめに
洛和会音羽病院の総合診療科で医師をしています。総合診療科って、どんな疾患を診るか、ご存じですか?
多臓器にわたる疾患(例:認知症+脳梗塞後の左半身まひ+慢性心不全のある女性の尿路感染症など)や、逆に特定疾患に絞り込めない疾患(例:食欲不振、むくみ、全身倦怠(けんたい)感)が多く、必然的に、いろいろな病気を抱えている高齢の患者さまを診ることが多いです。
また、総合診療科の入院患者さまの75%は、75歳以上の高齢者です。
◆米国から老年内科の「大リーガー医」が来られました
洛和会ヘルスケアシステムでは、米国の優れた臨床家および教育者である医師を「大リーガー医」として招聘(しょうへい)し、患者さまの診察および診断のつけ方などを教えていただいています。内科の先生が多いのですが、2011年に初めて、老年内科医のジェームズ・パカラ先生をミネソタ大学からお招きしました。
ベッドサイドに行った際、患者さまの診断に入る前に「まず、めがねや補聴器が必要なら、つけてあげてください。めがねはきれいに拭いてね」と言われたこと。また、患者さまが今できなくなっていることばかりに注目せずに、「以前していたお仕事、今までの人生の話などを聞いてごらん。驚くほど表情が変わって冗舌に話してくれるようになるし、それで患者と医師の良い関係が出来上がることは多いよ」と教えられました。
◆高齢者医療の特性
高齢者の特性
とっさの場合に対応できる予備能力が低下しています。病気や、そのための検査・治療などの体への介入に対し、抵抗が弱くなっています。
高齢者医療の特性
医学的問題だけを解決すれば良いということは少なく、機能的、社会的、時には倫理的問題(治療を継続するかなど)についても対応していかなければなりません。
<一例>
80歳女性。高血圧で糖尿病があり、以前に軽い脳梗塞を起こしたため、左手足に若干のまひがあるものの、杖を使用しながら独居で生活していましたが、意識もうろうとなっているところを、自宅を訪れた娘さんが発見して、救急搬送となりました。
尿のばい菌が血中に入っていたために、2週間の点滴抗生剤が必要となりました。抗生剤の治療で意識レベルが改善し、熱も下がりました。(医学的問題)
2週間の加療中に、ベッドからの起き上がりは何とかできるけれど、家の布団からの起き上がりはできない状態になってしまいました。(機能的問題)
自宅の環境調整のため、介護保険の見直しや、今後の機能低下を防ぐため、通所リハビリを導入し(社会的問題)、最終的には4週間後に退院しました。
◆パカラ先生の経験に基づく高齢者の実態
◆高齢者に適した診療は、各段階によって異なります
いろいろな段階の人に対し、その人にとって一番良い治療方策は何か、多くの可能性のなかから考える必要があります。
老年医学の専門家は、上記の表の「虚弱」段階の高齢者の診療において経験豊富です。
◆米国のシニアライフはどんな感じでしょうか
「ミネアポリス退役軍人病院」の場合
文字通り、退役した元軍人のために造られた病院です。米国で唯一、日本のような公的医療保険で運営されています。
地域医療センターは、亜急性期病棟と、緩和ケア病棟、在宅部門、デイセンター部門から構成されています。
亜急性期病棟は、医学的問題は解決したものの、リハビリのための入院が必要な患者さまのための病棟で、日本でいう療養型病棟に近く、急性期病棟での治療で安定した患者さま(急性期病棟の平均入院日数は5日間)が主です。
1病棟あたり35〜38人程度の患者数で、各病棟に医者が1人(老年内科医)と、上級看護師(ナースプラクティショナー:医者と看護師の中間職といったイメージで、初期症状の診断や処方、投薬も行う)が2人。リハビリの先生、薬剤師、医療ソーシャルワーカーが病棟内に常駐しています。
患者さまの70%は、30日以内に退院し、自宅または施設に帰っていきます。
在宅患者さまへの往診も日本とは違いました。
在宅部門には、上級看護師や看護師、リハビリスタッフ、医師ら、10〜12人の専門家が勤務しています。
それぞれが在宅の患者さまを訪問し、その結果を週に1回、全員が集まるカンファレンスで話し合い、ケアのあり方を再確認します。各専門家が個別で訪問するため、同じ患者さまのところを月に10〜12回程度は誰かが訪問しています。カンファレンスでの医師の役割は、皆の話を聞き、最終的に薬の処方を決める程度で、医師と各専門家が対等に患者さまに関わるあり方は、日本とはまったく違います。
「ウォーカーメソジストセンター」の場合
日本の特別養護老人ホームの機能に加え、診療機能や住居も備えた施設です。
長期入所施設だけでなく、亜急性期病棟と同じような、急性期は脱したが依然として加療継続が必要な患者さま、自宅に戻るまでにリハビリが必要な患者さまの医学的管理を行う病床ももっています。同じ敷地内に高齢者専用マンションとデイサービスなども併設しています。とっさのことがあっても、住み慣れた場所で治療が受けられます。
常駐の上級看護師と嘱託(しょくたく)医師の回診で医学的管理を行い、そのほかには、看護師とリハビリスタッフ、栄養士、薬剤師、心理士、医療ソーシャルワーカーが関わります。
介護施設「ゴールデンポンド」の場合
本の特別養護老人ホームにあたる施設です。広々としており、理学療法や作業療法の設備も充実しています。
デイケアセンター「ワイルダー」の場合
日本のデイサービスにあたります。この日は「赤い帽子をかぶる日」で、皆が帽子をかぶって「Wii」(テレビゲーム)を楽しんでいました。孫やペットを連れてきていい日もあるそうです。
◆日米の高齢者の各段階を比べると
米国の高齢者は人生の最後を病院でなく、自宅や介護施設で迎える方を好みます。
違いはどこにあるのでしょう。
おわりに
高齢者診療には、高齢者の多様性を知ることが大事です。
そのため、多業種の関わりが必要になります。
日米の文化や制度の違いはありますが、米国では、療養型病棟を併設する施設や上級看護師制度などが、高齢者医療において有効に生かされていると感じました。
質疑応答から
Q:日米の医療保険制度の違いは?
A:今回紹介したケースは、どれも医療保険(ほとんどが民間)に入っている人の例です。こうした医療・介護サービスを受けられない人の割合は日本より多く、それが問題です。制度面では日本のほうが優れている点が多いです。
Q:総合診療科はほかの(日本の)病院でも多いのですか? 総合診療医は、入院患者も担当するのですか?
A:日本ではまだ全体として、総合診療科は少ないです。私たち総合診療医は、入院患者さまも担当していますので、安心してください。