9月17日開催の第162回らくわ健康教室は、「大腸がんとたたかうか? 〜あきらめる前に持つべき知識〜」と題して、洛和会丸太町病院 外科・消化器センター 所長で医師の吉井 一博が講演しました。
概要は以下のとおりです。
◆はじめに
本日は、近年ちまたで話題を集めている「がんと闘うな」というがん放置療法について私の見解をお話しした後で、大腸がんの治療成績や症状、治療法、予防についてご説明します。
◆がん放置療法 〜近藤 誠先生の主張〜
近藤先生は次のように主張されています。
がんを本当のがん(転移するもの)と、がんもどき(転移しないもの)に分ける。
本当のがんは転移するから治らない。何をしても治らないから、放置して苦痛症状が出てくれば緩和治療をする。
がんもどきは命に関わらないから放置、症状がでてきたら治療を考える。
がんかがんもどきかはがん幹細胞の性質で決まっている。
それを検討してみましょう。
◆「がん」と「がんもどき」について
医学的に、がんは病理組織学的に決定されています(細胞や組織の形態で診断されている)。そのため、「がんもどき」とは、言葉の上では誤った定義ですが、がんの性質を独自に分類した用語として認めてみます。
それでも、がんと、がんもどきをどうやって区別したらよいのかは、はっきりしません。転移したことがわかって、初めてがんということになるのでしょうか?
◆がん幹細胞とは
がん細胞の大本になるという細胞で、まだ詳細は不明です。ただ、体のどこかで遺伝子の間違いが起きて、死なない細胞ができること、そこからどんどん新しいがん細胞が増殖していくことは確かです。また、増殖の過程で、多様な性質のがん細胞が生じるとの説もあります。
今のところ、抗がん剤治療は幹細胞に効きにくいため、根治することが難しいと言われています。
がん転移の仕組みはまだ十分に解明されていません。幹細胞の性質のみで転移するかどうかが決まるのかは、まだ不明です。
◆大腸がんとリンパ節転移
大腸癌研究会が大腸癌全国登録を基に分類した結果は次のとおりです。
◆一般臨床医の世界では
- がんは大きくなればなるほど、深達度が深くなる(壁深くに浸潤する)
- 深達度が深いものの方が、リンパ節転移の頻度が高くなる
- 脈管侵襲(しんしゅう)やリンパ管侵襲の頻度、程度も強くなる
- 遠隔転移(脳転移、腹膜転移など)も多くなる
と考えられています。
◆がん放置療法への疑問
がんを大きくなるまで放置すれば、転移が生じる可能性が高くなるのではないでしょうか?
転移していないがんなら切除すれば根治可能、転移していても、限局化した局面であれば、切除や集学治療で根治できる場合があります。
結局、放置療法は、治るがんを治さないことになるのではないかと考えます。
◆大腸がんの進行度と5年生存率
◆リンパ節転移
リンパ節転移は、3段階に分けられます。
- リンパ節転移3個以下:n1 → 進行度IIIa
- リンパ節転移4個以上:n2 → 進行度IIIb
- 主幹動脈根部リンパ節転移や側方転移:n3 → 進行度IIIb
リンパ節転移があっても根治できる場合があります。
◆大腸がんの症状
初期には、下痢や便秘が起こり、症状が進行するにつれて下血(便に血が混じる、便が黒くなる)、腹痛、腹部膨満感、嘔気嘔吐、腹部腫瘤などがみられます。もっとも、下痢や便秘、下血などは大腸がん以外でも起こります。
◆大腸がんの早期発見
大腸がんを発見する検査には、便潜血、血液検査(貧血進行)や、大腸内視鏡、PET検査があります。一番確実なのは大腸内視鏡ですが、前処置・検査がやや大変です。現状では、便検査で潜血反応が出たら、内視鏡検査を受けられたらいいでしょう。
◆大腸がんの治療法
大腸がんの治療には「内視鏡的摘除術(粘膜切除と粘膜下切除)」「手術(腹腔鏡下手術と開腹手術)」「化学療法(抗癌剤や分子標的薬治療)」「放射線治療」があります。
◆内視鏡的切除と大腸ポリープ
内視鏡のうち腹腔鏡下手術は、早期がん、筋層浸潤までの進行がんがよい適応といわれていましたが、現在では技術的に可能な進行がんに対しても行われます。
- 利点:
傷が小さい。術後の痛みが少ない。早期に回復できる。 - 欠点:
技術的に難しい。安全性の問題がある。長期成績が日本では不明(現在、臨床試験中)。欧米では開腹手術との有意差はなし。
◆開腹手術
内視鏡的切除ができない大腸がん全てを対象に行います。
- 利点:
ほとんどすべての大腸がんで(他臓器浸潤や腸閉塞になっているものなどでも)施行できる。腹腔鏡下手術で必須の気腹操作という工程が不要なので、それによる循環障害や血栓症のリスクが下がる。 - 欠点:
傷が大きい。術後の痛みがやや強い。術後筋力の回復がやや遅い。
◆化学療法
化学療法の適用は、根治切除できない大腸がん(遠隔転移があるstage IV)や、切除後に遺残病変があるもの、切除後に再発の可能性のあるもの(stageIII)に対して行われます。一方で、抗がん剤は毒でもあるので、副作用の問題がつきまといます。症状に応じ、抗がん剤や分子標的薬を組み合わせて使います。
抗がん剤には、5FU、ロイコボリン、オキサリプラチン、イリノテカン、S1、カペシタビン、UFTなどがあります。
分子標的薬には、アバスタチン、アービタックス、ベクティビックスなどがあります。最近レゴラフェニブも追加承認されました。
化学療法は生存期間を延長することが主眼で、化学療法だけで根治することは、かなりまれです。(将来、研究開発が進めば根治できる抗がん剤が作られる可能性はあります)
化学療法が奏功すれば、根治手術ができる状態になることがあります。
◆大腸がんの放射線療法
大腸がんでは、直腸がん局所進展がんや骨盤腔内再発病変に対し、放射線療法を行うことがあります(周囲に小腸があると被ばくして放射線腸炎を起こします)。大腸がんの組織型である腺がんには、通常の放射線治療は効かないことが多いです。
大腸がんの放射線感受性は一般的に低く、現在、主に使用されている放射線では局所制御率は20%程度、3年生存率10%程度です。
重粒子線(重イオン線、陽子線、中性子線など)は殺細胞効果が高いです。腫瘍と消化管が5mm以上離れていれば行えます。5年生存率は42%(119人の治療成績=放射線医学研究所重粒子医科学センター=)です。
◆大腸ステント
腸閉塞を生じた大腸がんは、従来、緊急手術、人工肛門造設をしなければならないことが多くありました。しかし、10年ほど前から、経肛門的ドレナージ減圧チューブを挿入する方法が出てきました。ただ、この方法は、肛門からチューブが出ているため不快感が強く、チューブが太くないため固形便排出は困難です。
これに対し、大腸ステントは、減圧効果が高く、不快感が少ない利点があります。
大腸ステントで腸閉塞を解除して、腹腔鏡下手術で根治手術ができる場合もあります。
◆大腸がんの遠隔転移
大腸がんの患者さまのうち、肝転移や肺転移などがみられる患者さまの割合は次のとおりです。
◆大腸がんの転移の治療
◆大腸がんの予防
<リスク要因>
- アルコール飲酒【確実】:日本酒1合/日で1.5倍、4合/日で3倍
- 肥満【ほぼ確実】
- 喫煙、加工肉【可能性あり】
<大腸がんの予防に効果があるもの>
- 身体活動、運動【ほぼ確実(国際的には確実)】
- コーヒー、カルシウム【可能性あり】
- 食物繊維、ニンニク、牛乳【国際的にはほぼ確実】
- 野菜、果物摂取:400〜800g/日
- 赤身肉摂取:80g/日未満
- 飲酒:ビール中びん1本/日未満
- 歩行:1時間/日
- 運動:1時間/週以上
- 体重増加:5kg未満に抑える
(World Cancer Research Fund and American Institute for Cancer Researchの癌予防報告書より)
◆大腸がんと闘うか?
大腸がんは早期であればほとんど治ります。
進行がんでも治療(主に手術)で治るものもあります。
転移していると完治は難しいですが、治療(化学療法や手術)で寿命を延ばすことができます。(どのように生活できるかという問題はありますが)
大腸がんと闘うかどうかは患者さま自身の問題であり、家族や社会全体の問題でもあります。