2015年05月19日

第183回らくわ健康教室「胃腸の感染症についてのお話」

2014年2月28日開催のらくわ健康教室は、「胃腸の感染症についてのお話」と題して、洛和会丸太町病院 外科・消化器センター 医長の安立 英矢(あだち えいし)が講演しました。


概要は以下のとおりです。

ブログ用IMG_5680.jpgはじめに

胃腸感染症は、昔から日本人になじみの深い病気でした。江戸時代の医書などに「泄痢(せつり)」「痢潟(りがた)」「痢病(りびょう)」など、下痢を伴う胃腸病の名前がよく出てきます。江戸時代に最も多かった食あたりは、やはり細菌によるものです。今日と同じようにサルモネラ菌や大腸菌による感染型食中毒と、ブドウ球菌や腐敗菌による毒素型食中毒であったと考えられます。コレラも「三日コロリ」などの呼び名で恐れられました。
孫子の兵法に、「彼を知り己を知れば百戦殆からず(敵についても味方についても情勢をしっかり把握していれば幾度戦っても敗れることはないということ) 」という言葉があります。感染症予防にも通じる言葉です。
胃腸感染症に対する戦略は、

  • 感染の原因を知る
  • 感染経路を知る
  • 自分の状態を把握する
ことが中心です。
これらを踏まえて予防・治療対策を立てることが大切です。

感染性胃腸炎

感染性胃腸炎を引き起こす病原体(起因病原体)には、細菌、ウイルス、寄生虫が挙げられます。症状は起因病原体によって異なりますが、主に、吐き気、おう吐、下痢、発熱、腹痛などを発症します。食中毒と呼ばれることも多いですが、食中毒には自然毒物(フグ毒など)や化学物質によるものも含まれています。
起因病原体となる細菌、ウイルス、寄生虫には、以下のようなものがあります。

  • 細菌…病原性大腸菌、サルモネラ属、赤痢菌属、カンピロバクター属など
  • ウイルス…ノロウイルス、ロタウイルス、アデノウイルス、サイトメガウイルスなど
  • 寄生虫…アメーバ原虫、ランブル鞭毛虫など

※以下の画像は全てクリックすると大きいサイズで見ることができます。

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病原菌が体内で病気を起こす仕組みには、3つのタイプがあります。

  1. 生体外毒素型:
    菌自体は体内に入らないが、食べ物に菌が取り付いて増殖し、毒素を産生する。食べ物とともにその毒素が体内に入ることで病原性を発揮する。(黄色ブドウ球菌、ボツリヌス菌など)
  2. 感染毒素型:
    細菌が食べ物と一緒に体内に入り、腸管の内腔の表面に取り付いて増殖し、毒素を産生することで病原性を発揮する。(腸炎ビブリオ、O157を含む病原性大腸菌など)
  3. 感染進入型:
    細菌が食べ物と一緒に体内に入り増殖する。さらに腸管壁に侵入して組織を壊すことによって病原性を発揮する。(カンピロバクター、サルモネラなど。冬場に多く見られるノロウイルスもこの型)
問診上で重要なこと

問診の際には、以下の点を重要視します。

  1. 急性か、慢性か
  2. 発熱の有無
  3. 腹痛の有無(部位・性状・程度)
  4. 悪心、嘔吐の有無(内容・頻度・経過)
  5. 便の性状(水様便・粘血便・血便・米のとぎ汁様)
  6. 下痢の頻度と発症からの経過
  7. 脱水の程度(理学的所見と検査データ、臨床経過などから把握)
  8. 家族、仲間に同様の症状を訴える者がいないか
  9. 海外渡航歴、海外渡航者との接触の有無
  10. 原因として考えられる食物摂取

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感染性胃腸炎の各種

<ノロウイルスによる感染性胃腸炎>

ノロウイルスやロタウイルスなどは、ウイルスが口に入ったときに感染する可能性があります(経口感染)。毎年、秋〜春にかけて流行します。治療の基本は脱水を予防することです。

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【感染経路】

  1. 感染した人の便やおう吐物に触れた手指を介してノロウイルスが口に入った場合。
  2. 便やおう吐物が乾燥して、細かいちりとして舞い上がり、そのちりと一緒にウイルスを体内に取り込んだ場合。
  3. 感染した人が十分に手を洗わず調理した食品を食べた場合。
  4. ノロウイルスを取り込んだカキやシジミなどの二枚貝を、生または不十分な加熱処理で食べた場合。

【潜伏期】

1〜2日間

【症状】

吐き気・おう吐、下痢・腹痛、37度台の発熱。
ノロウイルスを原因とする場合、症状が続く期間は1〜2日と短期間ですが、とてもしんどい病気です。小児では、ロタウイルスを原因とする場合は5〜6日持続することがあります。また、ロタウイルスによる感染性胃腸炎の場合、便が白色になることもあります。

【診断】

通常は、臨床症状、経過により診断します。吐き気から始まり、下痢や腹痛が順に起こってくるのがノロウイルスの特徴です。ノロウイルス抗原検査という方法もあります。便中のノロウイルスを検査キットで検出します。3歳未満、65歳以上の方や抗がん剤使用者などハイリスクの患者さまには健康保険が適用されます。

【治療】

ノロウイルスに有効な抗ウイルス薬は存在しません。治療の基本は脱水を予防することで、下痢がひどい場合には水分の損失を防ぐために輸液(点滴)などを対症療法的に用いる場合があります。下痢止めは、お腹にウイルスを残してしまう恐れが強いため、決して使いません。

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次亜塩素酸ナトリウムは、家庭用で市販されている塩素系漂白剤に含まれています。

【消毒液の作り方と使用法】

  • 便やおう吐物が付着した床や衣料、トイレなどの消毒をする場合
    <作り方>
     500mlの空のペットボトルに、ペットボトルキャップ2杯の塩素系漂白剤を入れ、水を
     いっぱいまで加える(濃度0.1%)
    <使用方法>
     拭き取り
  • おもちゃ、調理器具、直接手で触れる部分などの消毒をする場合
    <作り方>
     2Lの空のペットボトルにボトルキャップ2杯の塩素系漂白剤を入れ、水をいっぱいまで
     加える(濃度0.02%)
    使用方法>
     拭き取り

<カンピロバクター腸炎>

2008(平成20)年に発生したカンピロバクター食中毒は、原因食品として、鶏レバーやささみなどの刺身、鶏のタタキ、鶏わさなどの半生製品、加熱不足の調理品などが60件、牛の生レバーが疑われるものが11件、認められています。

【感染経路】

肉の生食や過熱不十分、動物(鳥類など)の糞便汚染。

【潜伏期】

一般に2〜5日間とやや長いことが特徴です。

【症状】

下痢、腹痛、発熱、悪心、おう吐、頭痛、悪寒、倦怠(けんたい)感。
通常下痢は1日2〜6回で1〜3日間続き、重症例では大量の水様性下痢のために急速に脱水症状を呈します。発熱時平均体温は38.3度で、サルモネラ症に比べるとやや低いです。
万一、症状が治まってから2〜3週間後に足が動かなくなったりすると、ギランバレー症候群が疑われますので要注意です。

【治療】

対症療法(脱水対策)および抗菌薬投与。

<サルモネラ腸炎>

【感染経路】

食肉や卵などが主な感染源となる食品です。近年では鶏卵のサルモネラ汚染が増加し、卵内にも菌が認められることがあるので注意が必要です。ペットとのキスにより、サルモネラ菌感染をすることがあります。

【潜伏期】

通常8〜48時間の潜伏期を経て発病します。

【症状】

悪心、おう吐、腹痛、下痢、発熱。通常は3〜4日続きますが、一週間以上に及ぶこともあります。小児では、意識障害、痙攣(けいれん)および菌血症、高齢者では急性脱水症および菌血症を起こすなど、重症化しやすく回復も遅れる傾向があります。

【治療】

対症療法(脱水対策)および抗菌薬投与。抗菌薬のなかには、解熱剤と併用が禁忌のものがあります。できるだけ解熱剤の使用を避けます。

<病原性大腸炎>

大腸菌のなかでも特に強い病原性を示すものは病原性大腸菌と呼ばれます。腸管病原性大腸菌、腸管侵入性大腸菌、毒素原性大腸菌、腸管出血性大腸菌、腸管付着性大腸菌、腸管凝集性大腸菌など180種類もあります。腸管出血性を特徴とし、ベロ毒素により病原性を示します。

【感染経路】

菌は、牛の大腸に住んでおり、汚染された食べ物(生または加熱不十分な牛肉、内臓、サラダなど)や水、手指を介して口から感染します。加熱の不十分な食材から感染し、100個程度という極めて少数の菌で発症し、感染症・食中毒を起こします。そのため感染者の便から容易に二次感染が起こります。

【潜伏期】

平均3〜4日

【症状】

水様性下痢・腹痛が発症し、1〜2日後には便成分をほとんど含まない血清下痢(下痢というより血液のような感じ)が起こります。38度以上の高熱はあまり出ません。血中にもベロ毒素が取り込まれるため、血球や腎尿細管細胞を破壊し、下痢発症後1週間前後に溶血性尿毒症症候群や脳症などの重い合併症を起こすことがあります。

【治療】

基本は腸炎に対する対症療法です。腸の蠕動(ぜんどう)運動を抑える下痢止めは推奨されていません。抗菌薬の使用については、海外では使うべきでないとされていますが、日本では、発病3〜5日以内であれば、特定の抗菌薬の使用が推奨されています。

<ウエルシュ菌>

大腸内常在菌で、下水、河川、海、耕地などの土壌に広く分布します。

【感染経路】

家畜(牛、豚、鶏など)などの糞便や魚からも検出されます。熱に強いため、高温でも死滅せず、生き残ります。食品を大釜などで大量に加熱調理したまま放冷すると、生き残ったウエルシュ菌から感染が起こることがあり、「給食病」とも呼ばれます。

【潜伏期】

通常6〜18時間

【症状】

腹痛と下痢。下痢の回数は1日1〜3回程度のものが多く、主に水様便と軟便です。

【治療】

基本は腸炎に対する対症療法です。自然に治ることも多い感染症です。

<エルシニア腸炎>

【感染経路】

豚、羊、牛などの家畜や、犬や猫などのペットに広く分布し、糞便で汚染された食肉、生乳から感染します。

【潜伏期】

典型的には4〜6日間なのですが、1〜14日間と幅があります。

【症状】

胃腸炎型(おう吐、下痢、腹痛、発熱)が多く、症状は1〜3週間持続します。盲腸のあたりが腫れて虫垂炎と間違われることもあり、「偽虫垂炎症候群」という名前もついています。重篤な合併症として、腸管穿孔(せんこう)、直腸出血、腸重積などがあります。乳児、特に3カ月未満は、菌血症を起こすことがあります。

【治療】

基本は腸炎に対する対症療法です。自然に治ることも多い感染症です。重症時は、抗菌薬を投与します。

<偽膜性腸炎>

偽膜製腸炎は、急性出血性腸炎、MRSA腸炎とともに抗菌薬関連腸炎です。広域スペクトラムを有する抗生物質を投与した際に多く認められます。抗生物質を使う必要のある患者さまがかかりやすいため、院内感染に十分な注意が必要な病気です。

【症状】

下痢、発熱、腹痛、血便。抗生物質投与後5〜10日に発症します。重篤な場合は、イレウスや中毒性巨大結腸症に発展する場合があります。

【治療】

原因として疑われる抗生物質の投与を中止します。軽症例では乳酸菌製剤(整腸剤)の大量投与を、中等症および重症症例ではバンコマイシン(1日0.5〜2.0g)などを経口投与します。

食中毒予防の3原則

食中毒予防の3原則は、食中毒の原因を「つけない」「増やさない」「やっつける」です。

  • 「つけない」:
    手にはさまざまな雑菌が付着しています。食中毒の原因菌やウイルスを食べ物に付けないように、必ず手を洗いましょう。
  • 「増やさない」:
    細菌の多くは高温多湿な環境で増殖が活発になりますが、10℃以下では増殖がゆっくりになり、マイナス15℃以下では増殖が停止します。冷蔵庫に入れても、細菌はゆっくりと増殖しますので、冷蔵庫に入れているからと過信せず、早めに食べることが大事です。
  • 「やっつける」:
    ほとんどの細菌やウイルスは加熱によって死滅します。特に肉料理は中心までよく加熱することが大事です。中心部を75度で1分以上加熱することが目安です。
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感染性胃腸炎の治療

  1. 脱水に対する治療:
    胃腸炎の治療で最も大事なことは、脱水の予防と治療です。脱水治療の基本は経口補液療法です。病院では細胞外液や生理食塩水などの輸液も行われます。
  2. 症状緩和:
    整腸薬・吐き止め。
    下痢に対しての、強力な下痢止め薬の使用は危険です。下痢止め薬を使用すると体外に菌が出ていかず、回復を遅らせたり、まひ性イレウスを引き起こす可能性があります。

経口補液療法

水分が十分に体内に吸収されるためには、水以外に糖分と塩分が必要です。経口補水液をお勧めします。市販の飲料水としては、スポーツドリンクが最も適当と思われますが、塩分が少なく糖分が多いものがたくさんある印象です。経口補水液は市販されていて、「OS=1(オーエスワン)」があります。

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おわりに

胃腸感染症に対する戦略を再度訴えると、

  • 感染の原因を知る
  • 感染経路を知る
  • 自分の状況を把握する
です。この3点を踏まえて、予防・治療対策を立てることです。

ほかのらくわ健康教室の記事はこちら⇒らくわ健康教室 講演録3

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