3月14日開催のらくわ健康教室は、「心臓・大動脈外科手術最前線」と題して、
洛和会音羽病院 心臓血管外科 部長の福本 淳(ふくもと あつし)が講演しました。
概要は以下のとおりです。
◆はじめに
心臓手術と聞くと、「大掛かり」「命懸け」「傷も大きい」と心配される方が多いことでしょう。しかし、最近は安全性も格段に増し、手術の成功率は98%以上になっています。今回は、心臓・大動脈治療の最前線ついてご説明します。
◆心臓・大動脈の病気
- 冠動脈疾患:
狭心症や心筋梗塞で、心臓の病気では一番多い疾患です。 - 弁膜症疾患:
大動脈弁や僧帽弁の疾患で、昔はリウマチ熱が原因で起きるケースが多かったのですが、近年は減ってきました。かわりに動脈硬化が原因で起きる弁膜症疾患が増えています。 - 大動脈疾患:
大動脈瘤や大動脈解離などで、冠動脈疾患に次いで多い病気です。発症するまで無症状のことが多い点が怖い病気です。 - そのほか:
先天性疾患や、まれに心臓腫瘍があります。
◆冠動脈治療の最前線
<心臓カテーテル治療>
狭心症治療の第一選択です。足の付け根から細い管(カテーテル)を血管に入れ、心臓まで伸ばして血管の内側から治療をします。当会では洛和会丸太町病院、洛和会音羽病院を合わせて、年間約500例の心臓カテーテル治療を行っています。
※以下の画像は全てクリックすると大きいサイズで見ることができます。
<冠動脈バイパス術>
カテーテル治療が困難な方を対象に行います。肩から肋骨の裏側あたりにある内胸動脈や、足の静脈などを切り取って心臓を取り巻く冠動脈にバイパスをつくります。心臓の一部だけを固定し、ほかの部分を動かしたたまま手術することで、体への負担を最小限に抑えます。
【痛みを減らす胸骨閉鎖プレート】
以前は、胸骨を縦に切って胸を開き、心臓手術をした後、胸骨をワイヤーで固定していましたが、この方法は体をひねると痛みが出ました。現在は、胸骨閉鎖プレートをボルトで固定することで胸骨の歪みがなくなり、手術後の痛みが激減しています。患者さまのなかには、心臓手術の10日後にはテニスラケットを振っていた、という方もおられました。【心筋細胞シート】
大阪大学が開発したもので、現在は臨床試験が始まっている段階です。心筋梗塞で心臓の一部の機能が死んでしまった方に、細胞シート工学で開発した心筋シートを障害部位に移植することで、機能回復を図る治療法です。
<弁膜症治療の最前線>
異常のある大動脈弁や僧帽弁を、手術で人工弁に取り替えます。従来の開胸手術に加え、カテーテルを用いた「経カテーテル大動脈弁留置術」も徐々に広まってきました。カテーテル方式は、胸を開かずに、心臓も止めずに人工弁を埋め込むことができる利点があります。一方、上手に行わないと、埋め込む際に隙間やずれが生じたり、破片が飛んで脳梗塞を起こす恐れがあります。現在は、開胸手術ができない患者さまを対象に行われており、広まるにはあと数年はかかると考えられます。現時点では開胸手術の方が成績が良いですが、カテーテル治療もゆくゆくは追いついてくるのではないかと思われます。
<大動脈瘤治療の最前線>
正常な大動脈は、直径が2cmほどですが、血管が弱くなったり破れることで瘤(こぶ)のように膨らんでしまうのが大動脈瘤です。大動脈瘤は、破裂すると死亡率が90%にも達する恐ろしい病気です。石原裕次郎さんや、司馬遼太郎さん、藤田まことさん、アインシュタインも、腹部や胸部の大動脈瘤破裂で亡くなっています。
【主要危険因子】
遺伝的要素や喫煙、高血圧、高齢(60歳以上)、アテローム動脈硬化の既往症で、性別では男性に多い病気です。おへその下のあたりが好発部位で、大動脈が膨らんで直径が5cmになると、破裂のリスクが増えてきます(年間10〜20%の方が破裂する)。このため、血管の直径が5cmを超えた場合は、手術を受けたほうがメリットが大きいです。
【サイレントキラー】
最大の問題は、無症状なことが多く、発見が難しいことです。病院では、お腹が痛いと受診した方にCT検査をして、大動脈瘤が見つかることが多いです。腸炎と思って受診し、直径6cmの動脈瘤が見つかった方もおられます。破裂は、突然血圧が上がったときに起こるため、強いストレスがかかったときや明け方が多いです。破裂すると、とんでもない痛みがあります。破裂したら、1分1秒でも早く手術すれば救命率が上がるため、考えられないほどのお腹の痛みがあれば、救急車などですぐに病院に行ってください。大動脈瘤の治療は、開腹とステントグラフト治療が、ほぼ半々といった状況です。
【外科的治療】
開腹し、血流を遮断して、大動脈を人工の血管に置き換えます。
【ステントグラフトとは】
ばね状になった金属の筒(ステント)と人工血管(グラフト)をあわせた造語です。海外で開発され、日本で使われるようになったのが2007(平成19)年からです。足の付け根からカテーテルを大動脈に入れた後、瘤の部分まで導いてステントグラフトを膨らませ、血管の内側から動脈瘤にふたをする治療法です。瘤が縮小し、拡大を防止できれば破裂の危険性はなくなります。洛和会音羽病院では、大動脈瘤治療の90%をステントグラフトで行っています。
【ステントグラフトの弱点】
他臓器への血管が枝分かれしている所など、瘤のある場所によっては、ステントグラフトを入れられない場合があります。また、動脈が柔らかい人は良いですが、硬くて石のようなものがある人は、隙間ができて血液が脇から漏れてしまう恐れがあります。設置場所からステントグラフトがずれてしまうケースもあります。これらの弱点があるので、私たちはステントグラフト治療でスタートし、血液が漏れたら開腹手術という二段構えで対応しています。
<ロボット手術>
米国で開発された「ダヴィンチ(da Vinci)」という手術ロボットを用います。前立腺手術では少しずつ広まってきましたが、心臓手術を行っているのは、まだ国内に数カ所です。当会には導入されていません。医師は画像を見ながら操作し、ロボットアームが人間の手に代わって患部を切開したり、縫合します。患者さまの脇には、アームのカートリッジを交換する看護師が1人いれば対応でき、オンラインでつなげば遠隔手術も可能になります。とはいえ、大変高価な機材であり、万一、操作に失敗したときのリスクもゼロとは言い切れません。普及には数年以上かかると思われます。
質疑応答から
Q:冠動脈バイパス手術をした場合、その耐用年数は?再手術もあり得ますか?
A :バイパスに用いる血管によって、耐用年数に差がでます。内胸動脈なら20〜30年は大丈夫です。足の静脈の場合では10年もつ確率が70〜80%です。実際にはバイパスの再手術はほとんどありません。再手術はカテーテル治療が大半です。初回手術と再手術の危険性はほとんど変わりません。
Q:大動脈瘤や解離を自分で見つけることは不可能ですか?
A :なかなか難しいです。むしろ、普段から血圧の高い人や、小さな動脈瘤があると言われた人は、ご自分の血圧の管理を十分に行うことをお勧めします。24時間の血圧変動を測れる機器もありますので、気になる方は医師にご相談ください。
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