概要は以下のとおりです。
◆はじめに
本日は、総合診療科に患者さまが受診された際に、総合診療医はどういうことを考えながら診療しているかについてお話しします。
◆総合診療医とは
NHKテレビで放映されている「ドクターG」のイメージです。総合的に患者さまをケアすることをめざす医師です。患者さまの社会的背景なども踏まえて診たうえで、根拠に基づいた診断・治療を行います。
◆名探偵シャーロック・ホームズ
シャーロック・ホームズシリーズの小説の1つに、「緋色の研究」があります。ホームズが、相棒となるジョン・ワトソンと初めて出会ったときの描写があります。
※以下の画像は全てクリックすると大きいサイズで見ることができます。
ホームズは、
- 医者風の紳士+軍人のような雰囲気⇒軍医と考えられる
- 手首の腕時計以外の日焼けがあること⇒熱帯帰り
- 憔悴(しょうすい)している様子⇒非常に厳しい現場であった
と、いくつかのキーワードを組み合わせて考え、ワトソンが「アフガニスタン帰りの軍医である」と見抜きました。作者のコナン・ドイルは医師でもあり、ワトソンも医師という設定なので、ドイルは医療の知識を小説のなかに生かしたいと考えていたように思います。
実は、医者の問診は、探偵の推理とよく似ています。総合診療医も同様に、キーワードを組み合わせて診断をしています。以下に、具体例を挙げて、推理してみましょう。
◆症例そのI
下記のような患者さまが来診されました。あなたなら、どう推理しますか?
<症例そのIの診断>
良い答えですね。食中毒、すなわち感染性腸炎の症状と矛盾しません。総合診療医の頭の中では
- 下痢は腸の問題で、特に急性腸炎が多い
- おなかの痛みがあり、腸の動きによる痛みではないか
- 吐いているのも、腸炎なら矛盾しない
- 元気な若者で急に起きているし、珍しい病気は考えなくて良いのでは
と分析します。その際、キーワードとなる症状は、以下の4点です。
- 下痢
- 嘔吐(おうと)
- 波のある腹痛(腸の動きによる痛み?)
- 若くて元気な人で急に起こった
これらの点をもとに、急性腸炎と診断します。
実際には、経験を積んだ医師なら、このような過程は直感でできますし、典型的な腸炎を10例もみれば、話を聞くだけですぐに腸炎と診断することもできます。ただ、直感的な診断は間違うこともありますので、最初は系統的に考えたほうが良いです。
その場合、具体的には、主訴(患者さまの訴えのうち主な症状のこと)から、どんな病気があるか考えていきます。ただ、全ての候補を考えると大変なので、まずは大きな枠組みで考えていきます。
◆症例そのII
下記のような患者さまが受診されました。あなたなら、どう推理しますか?
会場からは「低血糖では?」「貧血では?」「脳梗塞では?」「起立性低血圧では?」などの声が上がりました。
いずれも、あり得る症状ですね。では、今回も順に推理していきましょう。
キーワードになる症状は、「一時的に意識がなくなったこと」「けいれんしていないこと」です。けいれんがないので、「てんかん」ではなさそうです。このケースの意識消失は一時的で、こうした一過性の意識消失を「失神」と言います。失神は、一時的に脳へ行く血流がなくなって、意識がなくなることです。学校の朝礼で、長時間立っていたら気を失う人がいますが、これも失神の例です。以下、さらに詳しく解説します。
<失神の枠組み>
失神を引き起こす原因を、医師は4つの枠組みで考えます。
- 心臓や血管の問題:
心筋梗塞や不整脈など。これらは、一番怖い失神の原因です。 - 急激な出血:
胃潰瘍からの出血など。 - 頭の問題:
クモ膜下出血など。高齢者に多いです。 - 迷走神経反射:
風呂で立ちくらみがする、校庭で倒れるなど。
以下、各問題を解説します。
- 心臓や血管の問題:
心臓が止まることによって、血流がなくなります。全く前触れがなく、突然起こります。胸の痛みや背中の痛みを伴います(心筋梗塞や大動脈解離など)。心筋梗塞や不整脈が代表的です。 - 急激な出血:
急に血が出るので、血が足りなくなります。立った瞬間に、気が遠くなることが多いです(いわゆる脳貧血)。立つと足に血液が行き、頭に行く血液が足りなくなります。胃や腸から血が出ることが多く、便の変化や腹痛があります(タール便といって、のりの佃煮のような便が出たりします)。子宮外妊娠による出血も怖い症状です。 - 頭の問題:
「気を失う」と聞くと、頭の問題と考える人が多いですが、頭の問題が原因であることは実はそんなに多くはありません(医師は、心臓と急な出血をまず疑います)。頭の問題では、急に頭の中に血が出てしまって失神することがあります。症状としては、頭痛が多いです。このほか、脳への血流が落ちて、一時的に脳梗塞のような症状が出ることがあります(手足の力が入りにくかったり、しびれたりします) - 迷走神経反射:
朝礼で校長先生の話を聞いていて失神するのは、この「迷走神経反射」です。迷走神経が活性化することで起きる症状です。たいてい、失神前に気分が悪くなったり、冷や汗が出るなどの前触れがあります。失神のなかで最も多い症状ですが、迷走神経反射による失神は、病院に行かなくても大丈夫です。
<症例そのIIの診断>
立ち上がってすぐに意識を失ってしまったことは、失神前に症状がないことから迷走神経反射ではなさそうです。立ったときに失神しているので、出血の可能性はあります。胸の痛みや頭の痛み、手足の動かしにくさはないので、心臓や頭の問題でもなさそうです。
その後よく聞いてみると、この患者さまは、立った瞬間に血圧が70mmHg台に低下して失神しそうになったことや、便が真っ黒で、血を吐いてしまったこともあるということが判明しました。診断は胃潰瘍で、それによる出血が失神の原因であるということが分かりました。
◆よくある誤解
患者さまのなかには、「でも結局、検査すればいいんでしょう」とか、「検査すれば何でも分かるなら、とりあえず検査してほしい」と訴える方もおられます。もちろん検査は非常に役に立ちます。しかし、万能ではないのです。検査より前に、話を聞くことのほうが役立つ場合が多いです。例えば以下のようなケースです。
<症例について考えてみる>
咳を主訴として外来を受診した患者さまのうち、肺炎だった人は5%程度だったという報告があります。では、採血検査で肺炎の可能性をさらに絞り込めるでしょうか。陰性尤度比(いんせいゆうどひ)という指標があります。0に近いほど肺炎の可能性は低いのですが、採血による陰性尤度比は0.21です。これに対し、問診とバイタルサイン(体温、脈拍、呼吸数、酸素飽和度)のチェックで問題なしと診断された場合の陰性尤度比は0.04です。ちゃんと診察すれば、採血より役に立つことが明らかになっています。さらに、エックス線検査で正常なら、0.02まで肺炎の可能性は下がります。
救急など、重症の患者さまの場合は診断を急ぐので、検査が優先されることが多いですが、その場合でも、まずはバイタルサインを見て方針を決めます。検査したら全てが分かるというわけではないのです。
◆おわりに
洛和会丸太町病院の医師をはじめとする当会の総合診療医は、日々、患者さまのために精進しています。診察室では、お話を詳しく伺ってできるだけ妥当な診断をめざしています。また、根拠に基づいた治療をめざしています。