2015年08月01日

第228回らくわ健康教室「静脈の中の血栓って何ですか?」

2月18日開催のらくわ健康教室では、「静脈の中の血栓って何ですか?」と題して、洛和会丸太町病院 心臓内科 副部長で医師の小山田 尚史(おやまだ なおふみ)が講演しました。

概要は以下のとおりです。

ブログ用IMG_1473.jpgはじめに

本日は、出血した際に体を守る止血作用の仕組みと、血管を詰まらせる血栓について説明します。疾患は、静脈に絞ってお話しします。

生体における止血

採血の経験は誰でもあると思います。採血後にガーゼで抑えたりして血を止めますが、どのような仕組みで血は止まるのでしょうか?
一次止血と二次止血の二段構えで止血します。一次止血では血小板が重要な役割を担い、二次止血では凝固因子が重要な役割を担います。

  • 血小板と一次止血:
    血小板は、骨髄から随時生産されています。骨から血管内に入り、血管内を流れ、血管損傷があれば速やかに止血を行うのが仕事です。寿命は10日で、寿命がきたら脾臓(ひぞう)で破壊されます。
    一次止血では、まず出血部周辺の血管が痙攣(けいれん)することで、出血量が抑えられるとともに血流が遅くなり、血小板同士がひっつきやすくなります。血小板同士がひっついて厚くなることで、血小板血栓ができ、止血できるという仕組みです。

    ※以下の画像は全てクリックすると大きいサイズで見ることができます。

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    左の図が血液の顕微鏡写真で、赤く丸いものが赤血球、小さな点のように見えるのが血小板です。中央の図はその模式図で、左端のやや白いものが白血球です。

  • 凝固因子と二次止血:
    凝固因子は肝臓により合成され、血管内を流れて止血を担います。第1〜12因子の12種類があり、各因子が複雑な経路を経て、最終的に第1因子の活性型である「フィブリン」を形成します。このフィブリンにより強固な血栓が形成され、出血部位の止血が安定します。

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    クモの糸のように見えるのがフィブリン。フィブリンに赤血球や血小板がひっかかりやすくなることで血栓ができる。

しかし、血栓がそのままどんどん大きくなると血管が詰まってしまうのではないでしょうか?
止血を行った血栓は生体にとっては異物であるので、血管の損傷部の修復と同時に不必要な血栓は除去される必要があります。これを担うのが「線溶系」です。これにより不要な血栓が除去されます。
このように、血小板と凝固因子は、ともに生体にとって大変重要な存在です。血管内では、このような凝固と線溶が日々繰り返されています。

血栓症とは?

血栓症とは、止血を担う血栓が溶解せずに拡大し、血管閉塞や狭窄(きょうさく)を来している病態です。血栓を溶かす力が落ちている、または血栓が溶けないほど大きくなっていることが原因と考えられています。
血栓症には動脈血栓と静脈血栓があります。

  • 動脈血栓:
    血小板が多い血栓で、脳梗塞や心筋梗塞、閉塞性動脈硬化症などを引き起こします。
  • 静脈血栓:
    凝固因子が多い血栓で、深部静脈血栓症などを引き起こします。
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静脈血栓症の発生原因

19世紀にVirchowという人が、血栓形成の3大因子として、

  1. 血液性状の変化
  2. 血流の停滞
  3. 血管壁の障害
を提示しました。今もこの状況は変わっていません。このうち、血栓症の原因でもっとも多いのは、血流の停滞です。

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では、静脈内の血栓が原因となる病気は何でしょうか? 答えは、「深部静脈血栓症」です。

深部静脈血栓症

深部静脈血栓症は、「筋肉よりも深い部位を走行する静脈内(深部静脈)に形成された血栓による病態」と定義されています。発症部位は下肢深部静脈(主にヒラメ筋の奥にあるヒラメ静脈)が95%以上と大半で、上部深部静脈(主に鎖骨下静脈)の血栓症が5%未満です。

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<発症の頻度>
深部静脈血栓症の発症率は、日本では1977(昭和52)年の統計で、人口10万人あたり0.5人、米国の1%程度でした。しかしその後、疾患に対する注目度の変化や食生活の欧米化(肥満)の影響で、2006(平成18)年には10万人あたり12人と急増しました。
また、特殊状況下では発症頻度が上がるということにも注意が必要です。過去の地震災害1週間以内の深部静脈血栓症の発生頻度は、能登半島地震では6.3%、新潟中越地震では6.9%、岩手宮城内陸地震では7.1%と、高かったことがわかっています。原因として、車内宿泊などの窮屈な生活や脱水、運動量減少(寝ている時間が長いため)などが考えられます。

<深部静脈血栓症の症状>
血栓形成部の疼痛(とうつう)、浮腫、静脈瘤(りゅう)形成、皮膚炎などがみられます。

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深部静脈血栓症は、静脈の弁の周辺に起きやすいという特徴があります。静脈の中の弁は、心臓へと戻っていく血流が逆流しないように働いていますが、弁が壊れて閉じ切らなくなると、いったんは上がった血が降りてきて、行ったり来たりを繰り返し、よどみ始めます。その結果、静脈瘤ができたり、むくんだり、痛みを覚えたりします。

<診断>
超音波検査や血液検査で行います。

<臨床経過>
下肢の場合、ヒラメ静脈の血栓形成が初発で、数日で退縮することも多いですが、30%は膝を越えて大腿静脈(近位部)に進展し、血栓の大きさが増大する危険があります。こうなると治療が大変になりますので、早い段階で治療することが大切です。

<入院患者さまへの発生>
深部静脈血栓症は、近年、主に入院患者さま(手術前後、周産期、外傷・骨折後、安静を必要とする内科疾患)に新規に発生することが問題とされています。入院という特殊環境では、Virchowの3因子(血流停滞、血管壁障害、血液性状の変化)が重複して存在することが多く、日本においても、その発症予防対策が強化されています。個々の患者さまに対する静脈血栓のリスクを評価し、予防に努める必要があります。

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<発症予防法>

  • 脱水防止:
    個人でできる大切な予防法です。
  • 早期離床(寝たきり防止)
  • 弾性ストッキング着用:
    締めることで、筋肉があたかも収縮しているような状況をつくります。
  • 間欠的空気圧迫法:
    弁が壊れていても、筋肉を収縮させることで弁が閉じます。
  • 薬物療法:
    抗凝固薬(ワーファリン内服やヘパリン注射など)で血中の凝固因子をブロックして、血液をサラサラにします。

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肺塞栓症

肺塞栓症は、主に下肢静脈にできた血栓が飛散し、肺動脈内で閉塞を来す疾患です。血栓がはがれて血流に乗ると、最終的には心臓を経由して肺に達し、肺動脈の先で詰まります。片方の肺の血管に詰まれば、もう片方の肺にしか血が流れなくなり、血圧が急激に低下します。呼吸困難や動悸、血圧低下(ショック)、意識障害などの症状を引き起こします。

<肺塞栓症の治療>
肺塞栓症の治療法は、ほぼ深部静脈血栓症と同様です。酸素投与、弾性ストッキング着用、抗凝固療法、下大静脈内フィルター留置術などを行います。このうちフィルター留置術は、肺塞栓症の特徴的な治療法です。下大静脈内に防御壁の役割を果たすフィルターを設置し、血栓が飛ばないようにし、手術後に離床・退院ができる状況になればフィルターを体から抜きます。基本的には2週間以内に抜去します。

おわりに

深部静脈血栓症は、エコー検査でほぼ分かります。もし血栓が見つかれば、血栓が消えてなくなるまで治療が必要です。かつてこの疾患を経験したことがある方は、再発の可能性がありますので、脱水予防に努めてください。不安のある方は、洛和会丸太町病院の血管内治療センター・心臓内科にご相談ください。


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